3月某日
庄司紗矢香があるインタビューで「日本ほどコンサートホールに恵まれた国はない」と云っていたが、事実、クラシックをメインにしたホールが、それも世界的にも音響の優れたホールが、日本各地にあるらしい。
その中のひとつ、大阪市にあるのが「ザ・シンフォニーホール」。ここで3月、小林研一郎指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団演奏の「炎のチャイコフスキー」コンサートが行われると聞いて、早速行ってみた。もちろん初めて。
ザ・シンフォニーホール / 外観
あいにくの雨。思ったより古い建物で、場所的にも建築的にも中途半端な感じがするが、館内はさすがと思わせる豪華さ。……だと思ったが、いま改めてみると昭和の匂いがプンプンしてくる装飾である。
ザ・シンフォニーホール / 1階
1982年に完成した日本初のクラシックホールらしいので、もうすでに歴史の一幕を飾っているのかもしれない。
小林研一郎指揮・大阪フィル演奏 炎のチャイコフスキー
-プログラム-
■ P.チャイコフスキー
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35
(encore)
■ イザイ
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第2番イ短調より第一楽章
(休憩)
■ P.チャイコフスキー
交響曲第4番 ヘ短調 Op.36
(encore)
■ ブラームス
ハンガリー舞曲 第5番
指揮 : 小林研一郎
ヴァイオリン独奏 : 有希マヌエラ・ヤンケ
演奏 : 大阪フィルハーモニー交響楽団
SITE : ザ・シンフォニーホール
DATE : 2013.3.20.
ギリギリでチケットをとったため座席は2階席。それでもA席5,000円(最上位)で、はたして音響は大丈夫なのだろうか。
ホールに入った瞬間はそれはもう驚いた。これが初めて体験するクラシックホールか。
ザ・シンフォニーホール / ホール内部 (公式サイトから)
ホールの大きさは控えめにしてあるので2階席でもそれほど遠くは感じないが、舞台上の人の顔がはっきり判別することはできない程度には遠い。でも、2階席は演奏者の全体が視野に入るので、後方の管楽器の様子を見たい私にとっては最適なのかもしれない。
構造はさすがの豪華さで、木材をベースとした1つの箱の中を金属の装飾で隈なく彩った芸術品といったふう。かといって重苦しくはなく、ふんだんに使用された木材によって落ち着きが得られるし香りもよい感じがする。
さて1曲目はヴァイオリン協奏曲。
ヴァイオリン・ソリストは有希マヌエラ・ヤンケさんで、日独ハーフの若手演奏家。日本音楽財団からストラディヴァリウスを貸与されているらしく、実力も折り紙つきなのだろう。個人的には、初めて聴くストラディヴァリウスの音色を楽しみにしていた。
演奏がはじまって音響の良さにまず驚いた。これほどの距離を隔てても、ひとつひとつの楽器、ひとつひとつの音が輪郭をもって伝わってくる。輪郭といっても刺々しいものではなく、明瞭さのことである。それぞれの音が混ぜられて塊となって届くのではなく、区別されつつ、メロディや和音となってそのままに伝わってくる。
ストラディヴァリウスの音はそれはもう綺麗のひと言。聴こえてくる旋律はあまりに美しかった。濁りも歪みもない透き通った音がホールに響き渡っていた。そして有希さんの奏法もこれまで聴いたヴァイオリニストとは違った、とてもエレガントなもの。けして派手派手しくもなく、かといって淡白でもなく、ヴァイオリンの音の美しさをストレートに伝えてくれる弾き方だった。
指揮者のコバケンこと小林研一郎氏は、ビギナーには初耳の名なのだけれど、小沢征爾らと並び評されるほどの有名な方で、「炎」という形容がほとんど常になされるアツイ人らしい。(この後の交響曲第4番で本領を発揮するのだが、)実際に見たコバケン氏は、当日の私のメモをそのまま使えば「頭を振りながらダイナミックに指揮をとる姿が印象的で、オーケストラをまさに操っているかのようだった」。後日、コバケン氏の本を購入させてもらいました。
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発売日:2006-09
大きな拍手で曲が終わると、ここでアンコールがあり有希さん独奏のイザイ作曲無伴奏ヴァイオリン・ソナタが演奏された。どこかで聴いたことのあるようなフレーズが目まぐるしく入れ替わる曲で、ちょっと驚いた。ホール全体にヴァイオリンの音だけが響くのは美しかった。
休憩を挟んで2曲目の交響曲第4番。有希氏は不参加。
チャイコフスキーの交響曲は第5番と第6番ばかり聴いていたので、第4番ははじめて聴くのも同然。カラヤンのCDで1回流したことがあるがイマイチと早合点してしまったために、それっきり。
しかし、コバケン氏の力なのか、すごい交響曲だった。
実は、冒頭、なぜか激しく咳き込んでしまい、5分くらいはまともに聴いていない(周囲の方ごめんなさい)。咳が落ち着くと今度は異様な眠気が襲ってきてしばらくひとりで苦闘していたので記憶があまりない。でもそれはそれなりに理由があって、第4番の第1楽章は第5番のようには劇的な展開があるわけでもなく比較的平凡な曲(だと思う)なので仕方ないと云えば仕方ない。
でもやがてコバケン氏の動きがいよいよ荒々しくなってきてオーケストラが生き生きしてくると、俄然眠気も消えうせ集中してくる。
たとえば、第2楽章に入ると一転、叙情的なメロディが続き、緩やかに旋律が続く。コバケン氏の指揮の特徴として、ゆるやかなパートではできるかぎりゆったりと、激しいパートでは勢いを全力で推し進める、そういうメリハリがはっきりしている。それは、作曲者の真意をできうるかぎり掴もうとする氏の意図がはっきりと反映されているからだろう。
そして第4楽章は圧巻だった。いきなりの大音量ではじまるそれは、息をつかせぬくらいの勢いで最後まで達する。べつに好きなタイプのメロディではないのだが、勢いだけは圧倒的である。頭を振り乱し、おかっぱのような髪の毛が高速で左右に振り子するコバケン氏の姿そのままに、オーケストラもガンガンと盛り上がっていく。
曲が終わると、10人くらいの客がスタンディングオベーションをしていた。よくわからないが、それほどの迫力ではあった。終演後にコバケン氏は、2週間前にロンドンで交響曲第4番を収録したばかりなのだがそれに勝るとも劣らない演奏を大阪フィルはしてくれました、と絶賛していた。素人は、ただただ唖然とするばかりであった。
今回は指揮者の存在の大きさがよくわかったコンサートだった。コバケン氏は、その都度、臨機応変に奏者を煽り、抑え、つまりはオーケストラを差配していたように思う。コバケン氏あってのコンサートだったのは間違いない。
〈 2013.6.12.コバケンの「炎の7番」レポートも書きました 〉