2013年3月24日日曜日

チャイコフスキーとオーケストラ

1月某日

youtubeでチャイコフスキーを聴いたのをきっかけに、すっかりクラシック狂となってしまい、ほんの出来心でコンサートのチケットをとってしまったのははたして良かったのかどうか。クラシックは結構お金がかかるわけである(といっても本の購入額も結構高額と云えば高額)。

クラシックといってもチャイコフスキーしか知らないド素人。『北京ヴァイオリン』という映画が好きで、映画の中ではチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲がメインに使われるからその曲が馴染み深く、しかも名曲で、youtubeでは庄司紗矢香のヴァイオリン協奏曲を何度も(100回くらい?)聴いている。


 チャイコフスキー / ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品35

そして、チャイコフスキーの他の曲もまたすばらしいものがあって、なかでも交響曲第5番は言葉にならないほどの高揚感を与えてくれる。これも50回以上は聴いたか?


 チャイコフスキー / 交響曲第5番 ホ短調 作品64

この感動をぜひとも生で聴かなければと思いチケットを探すと、ちょうどチャイコフスキーの曲をやってくれるコンサートが2週続けてあるではないか。しかも後のほうはチャイコフスキーだけを演奏してくれるという、私にとっては天啓に導かれたかのようなタイミングだった。

ヒビキミュージックオーケストラ 第4回定期演奏会

1つめは1月20日(日)、ヒビキミュージックオーケストラによる「第4回定期演奏会」で、場所はメルパルクホール大阪。
-プログラム-
■ M.グリンカ
歌劇「ルスランとリュドミラ」 Op.5 - 序曲 -
■ P.チャイコフスキー
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35
■ リムスキー=コルサコフ
交響組曲「シェヘラザード」Op.35
(encore)
■ チャイコフスキー
弦楽セレナーデ ハ長調 Op.48 第二楽章「ワルツ」

指揮 : 高谷光信
ヴァイオリン独奏 : 杉江洋子
当日の2週間前にチケットを購入したにもかかわらず、座席は前から2列目という僥倖。空席はそれほどなかったので、たまたまかもしれない。しかも、ヴァイオリン独奏の杉江洋子さんの演奏がよく見える右側の位置だったから、存分に堪能できた。

1曲目はもちろん知らない曲だったか(何しろ素人)、オーケストラの迫力をまず体感することができた。

そしてメインのヴァイオリン協奏曲。

この曲から杉江さんが登場し(3曲目も引き続き弾いていた)、よく聴き慣れた弦楽器のメロディからフルートのような音が加わって、いよいよ独奏が始まってからはもう感動するばかり。身体中がこわばったような高揚感をずっと感じながら聴き惚れていた。

ヴァイオリンの独奏には結構な力がいるのが間近からはよくわかり、杉江さんはときどき汗を拭いながらもすばらしい演奏を聴かせてくれた。

3曲目はシェヘラザード。曲は知る由もないが、昔読んだ浅田次郎の同名の小説をふと思い出しつつも意味がなかったので無駄だった。かの有名なアラビアンナイト(千夜一夜物語)に語り手として登場する架空のイランの王女の名前がシェヘラザードである。この曲がどういった由来で作られたのかは知らない。

とにかく美しい曲であった。知らない音楽を40分以上も弾いて聴衆(私)を眠たくさせないのは実はすごいことで、曲自体の魅力もさることながら、オーケストラの完成度の高い演奏のたまものだろう。

大阪交響楽団 チャイコフスキー・プログラム

翌週の26日(土)は、枚方市市民会館大ホールにて、大阪交響楽団による「チャイコフスキー・プログラム」を聴く。

会場はごくふつうの、どこの市町村にでもあるようなホールで、客層も地元のごくふつうの人たちばかりだったが、演奏はこれがまたすごかった。
-プログラム-
■ チャイコフスキー
歌劇「エフゲニー・オネーギン」より“ポロネーズ”
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35
交響曲第5番 Op.64
(encore)
■ シベリウス
アンダンテ・フェスティボ

指揮 : 寺岡清高
ヴァイオリン独奏 : 長原幸太
アンコールを除く3曲はすべてチャイコフスキーで、特に、youtubeで聴いてとても気に入っていた交響曲第5番を演奏してくれるのを楽しみにしていた。

開演前に指揮者とソリストのトークがあった。ヴァイオリニスト長原さんの紹介や、チャイコフスキーについて。第5番については、「ロマン派の曲で、作曲家の人生観をどう曲に投影させるか」という背景のある交響曲であるということ、最初に奏でられるモチーフが何度も形を変えて登場するのでそのあたりを楽しんでもらえたら、などの話があった。最後の「50分の人生体験を」という指揮者寺岡さんの言葉はとても印象的であった。

ポロネーズはよくわからず、2曲目のヴァイオリン協奏曲が始まる。先週は女性のヴァイオリニストだったが、今日は男性の実力派の演奏で、感想としては演奏者によってこれほど違うものかと思った。

杉江さんの情熱的な演奏とは180度違った冷静沈着な長原さんの弾き方は、ちょっと寂しく感じられた。演奏中は観衆を睥睨するかのように視線を客席に向け、堂々たる姿勢は頼もしくもあったが音楽を楽しんでいるふうには見受けられなかった。技術はさすがのものがあったが、個人的にはあまり楽しめなかったことは否定できない。

休憩を挟んでいよいよ交響曲第5番。前半は前から5列目くらいの右側に座っていたのだが、どうも音がよろしくない。音のバランスがよくない位置なのである。普通の公民館みたいなところだから仕方ないのだが、せっかくのオーケストラ、せっかくの交響曲第5番なのだからと後方の真ん中の席に移動してみた。最後列のほうは結構空席があったのだ。

これが大正解で、舞台から結構距離はあるのに、演奏が間近でなされているような音量で聴くことができた。この点だけでも、オーケストラの迫力が知れた。

第5番の冒頭から、いつも聴いていたクラリネットのフレーズが聴こえ始めただけで鳥肌が立つ。のんびりした2、3分が終わって弦楽器が参加し始めると一気にオーケストラが最高潮に達し、それからは静けさと高まりとが交互に繰り返されていく。すべての楽器がどこかで必ず顔をだしてくれる。ひとつの物語を読むように、音楽に筋書きがあるかのように感じられる。事実、物語があるのだろうと思う。CDで聴く第5番と本物とはこれほどまでに違うのだろうか。

身体が恥ずかしげもなく音楽にあわせて動いてしまうのは、チャイコフスキーと大阪交響楽団オーケストラの力だったろう。このような体験は、ドストエフスキー『罪と罰』を初めて読んだとき、モネの『日傘をさす女性』をはじめとした印象派の絵を観たときぐらいしか得られなかったものだ。

曲が最後のほうににさしかかってくると、あまりに大きな寂しさが襲ってくる。このままずっと聴いていたいという気持ちを抑えきれないが、そう思っているうちに終わってしまった。終焉も見事なチャイコフスキーであった。アンコールのことは何も覚えていない。

本当に行ってよかったなと思う。心からの感動というのは、初心者のときでしか味わえないものだから。