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2014年11月9日日曜日

カバネルの曖昧な「裸」-オルセー美術館展|国立新美術館

9月某日

巡回展がないため仕方なく東京まで出かけて国立新美術館の「オルセー美術館展」へ。

公式サイト : オルセー美術館展
会期     : 2014.7.9.-10.20.
場所     : 国立新美術館

ちょうど、東京都交響楽団がサントリーホールでブラームス交響曲4番を演奏する日と合わせることができたため(むしろコンサートに合わせて)、かなりお得な小旅行となった。

絵画の「裸」

事前に展示されると知らなかったため会場で遭遇してもっとも驚いたのは、カバネルの「ヴィーナスの誕生」。こんな「大物」が来ていたとは……。

ところで、裸のヴィーナスを描いて有名なのはボッティチェッリとティツィアーノの作品。

ボッティチェッリ / ヴィーナスの誕生 1485-86年 テンペラ ※展示なし

 ティツィアーノ / ウルビーノのヴィーナス 1538年 油彩 ※展示なし

ボッティチェッリからティツィアーノへは、同じ神話画であっても、官能性の有無が明確である。ティツィアーノは、ヴィーナスの周囲を(当時の)わたしたちの日常とさほど変わらない事物で飾った。それゆえ神話性は薄れ、官能性が際立つ。

 カバネル / ヴィーナスの誕生 1863年 油彩 ※展示なし

しかし、それから300年後のカバネルはヴィーナスを神話の世界に引き戻す。当時の仏アカデミズムのルールにのっとった手法だった。(上の2人はイタリア。)

初期ルネサンスの中心人物に位置づけられるボッティチェッリが神話を神話として描くのはごく普通のことである。ルネサンスはそもそも古代ギリシャ・ローマの芸術復興を志向したものなのだから。盛期ルネサンスを生きたティツィアーノがヴィーナスを神話から現実へ引き摺り出したことは、当時としては挑発的な行為だったろう。

だが、産業革命が社会を激変させていた19世紀の只中にあって、神話に忠実に従ったカバネルは(特に今から見れば)滑稽である。皇帝ナポレオン三世がカバネル「ヴィーナスの誕生」を買い上げたように、芸術と現実社会との乖離は最大の臨界点に達していた。それを一気に崩しにかかったのが、カバネルと同年に制作されたマネの「オランピア」であるのは周知のところ。

 マネ / オランピア 1863年 油彩 ※展示なし

「オランピア」は発表時には酷評されたが、いまでは画期的な作品として一般に認められている。現実をあるがままを描いたとして。

カバネルのリアルな「裸」は明らかに当時の娼婦を想起させた。だがカバネルは娼婦を娼婦として描けなかった。(高橋達史はこれを「アカデミック・ポルノ」と呼ぶ。)彼に娼婦を描こうという意思はなかっただろうが、「ヴィーナスの誕生」はあまりにリアルな描写であるため、娼婦のヴィーナスでしかない。裸を描けば当時の社会の現実からは娼婦としか見えなかったのである。カバネル自身にも、人々のそのような欲求(官能的な)を満足させる目的があったはずだ。

ボッティチェッリからマネの“ヴィーナス”を並べてみると、カバネルの中途半端さがよくわかる。神話なのか現実なのか、芸術なのか世俗なのか、曖昧な彼の「裸」。


(たぶん、続く)

2013年11月10日日曜日

ある理想家について - ターナー展 東京都美術館 ・・・東京物語2

11月某日

三菱一号館美術館のあとは、いったん宿でチェックインをしてから、徒歩で東京都美術館へ。

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851)。

その作品を初めてみたのは、昨年(2012年)12月、Bunkamuraザ・ミュージアムは「巨匠たちの英国水彩画展」でのこと。

渋谷は東京に住んでいたときもっとも馴染みのあった街だけど、このミュージアムにはついぞ足を運んだことはなかった。昨年も水彩画に特別な関心があったわけではなく、ちょっと寄ってみるかぐらいの気持ちで訪れたのだが、地味な美術展なのにいくつか印象に残る絵が展示されていた。その1つがターナーの水彩画である。

  ターナー / 旧ウェルシュ橋 1794 ※展示なし

えっ、これが水彩画なのですか? と、にわかには信じられない作品。ポストカードも買ったお気に入りの絵で、当時のメモを引用すれば、「見たものをただ写しとっただけではない情景。水面に写る船などの地上物、そして水紋のようなものは水彩を超えている」。手前の橋が古く朽ち果てた旧来の橋で、向こう側に新しくかけられた橋が垣間見える。なんとも物悲しい光景である。

英国水彩画展は展示される多数のうちの1人にすぎなかったが、ターナーの個人展が都美で開催されるというので、これはぜひにと行ってみた。

ターナー展 - 東京都美術館

公式サイト : ターナー展
会期     : 2013.10.8.-12.18.
場所     : 東京都美術館


日曜の夕方だけれど館内にはそこそこの人がいた。でも一人で一枚の絵を独占できるほどには空いている。ターナー展は年明け1月に神戸市立博物館に巡回するので、つまり、そちらにもおそらく行く予定であるから、今日は肩肘張らずリラックスして観てまわるつもりだった。だからカタログはまだ買っておらず絵の詳細な背景などは皆目わからないため、以下、間違っている点、勘違いしている解釈があればご容赦願いたい。

  ターナー / 嵐の近づく海景 1803-04 油彩

これは東京富士美術館所蔵のもの。まだ正気(?)を保っている時期の作品で、のちに出てくる強烈な絵の世界をつくった同じ画家とは、いま振り返れば思えない。古典主義的な緻密な描写が特徴。

「廃墟のわきで水を飲む水牛」(1800-02年・水彩)は画像をみつけることができなかったが、遠目からはとても水彩とは思えない迫力の絵で、油彩より硬く、かつ柔らかく描かれていたと表現したい。矛盾しているけれど。

  ターナー / 座礁した船 1827-28 油彩

だんだんターナー「らしく」なってきた。すべてが白く輝く、「終わり」のあとの光景である。穏やかな波の音だけが聞こえてきそうだ。「嵐の近づく海景」とは似ているようでいて、作品間の20年の歳月が確実に感じられる違いもみてとれる。嵐の前と後という違いではなく、視線が前なのか後ろなのかというぐらいの差がある(ように思える)。

この美術展は初期から晩年までの作品が一堂に会しており(ほとんどがテート・ギャラリー所蔵)、ターナーの人生とその変遷が味わえる構成となっている。おそらく1枚1枚の絵の物語をたどっていけば、それはすなわちターナーの人生の物語となるはずだ。

月刊誌「美術手帖」が2013年11月の増刊号で「特集 ターナー」を出していたことを、いま思い出した。もちろん買っていた。カタログの代わりにこの雑誌を手元に置いて続きを書いてみたい。

「美術手帖」を読んでいて真っ先に目がいった絵は自画像。

  ターナー / 自画像 1799頃 油彩 ※展示なし

本展に来ていなくて最も悲しむべき絵である。上にあるような絵を描くであろう人物と、自画像のなかなか男前な風貌と、一見、重なり合うものはない。しかし、この自画像が帯びる暗さはどういうことだろう。

24歳ほどの若者が描く絵としては驚くほど若さが感じられず、なにかルサンチマンのような感情が伝わってくる。それは上目がちの視線や、画面全体の薄暗さにあらわれる。自分がこの世、この社会から消えていってしまうかのような。あるいは逆に、闇の世界からこっちの世界を覗いているような。そこには、貧しい少年時代を経験したことや異常なまでの上昇志向が背景にあるのではないかと思った。



(つづく)

2013年11月9日土曜日

近代への眼差し 印象派と世紀末美術 - 三菱一号館美術館  ・・・東京物語1

11月某日

友人の結婚式出席を兼ねて、東京へ美術の旅に。

1日目に2つ、2日目に1つ(+結婚式)、3日目に2つ、とかなり押し詰めたスケジュールだったが、それはそれは素晴らしい3日間となった。あらかじめ入念にスケジュールを組んで、ルートも最短を選んだのでスムーズに回ることができた。

近代への眼差し 印象派と世紀末美術 三菱一号館美術館

  チラシをもらい忘れたのでニューズレターを

公式サイト : 三菱一号館美術館名品選2013 -近代への眼差し 印象派と世紀末美術
会期     : 2013.10.5.-2014.1.5.
場所     : 三菱一号館美術館

羽田から浜松町、そのまま東京駅へ。

改装あいなった東京駅舎を軽く一瞥。設計の辰野金吾(東大建築学科で日本人初の教授)は大の相撲好きで知られ、この駅舎は横綱の土俵入りを模したものであるという話を聞いたことがある。正面に回らないとわからないのだが、面倒なのでパス。


さて、荷物をそのまま抱えて徒歩で三菱一号館美術館へ。


ここは2回目に訪れる。あらてめて思うが、この建物自体が美術品のようなもので、いつまでもずっとそのままでいてほしい。


事前に調べたところではルノワール以外に見所なし。実際、それ以外にとくに見所はなかった。

  ルノワール / 長い髪をした若い娘 1884

顔の肌の艶がとても美しい(これだけは他の画家には真似ができない)。顔以外の髪や服装、背景の流れるような筆致とは対照的である。顔もよく見れば、大人っぽい瞳と全体の童顔がアンバランスであり、実際のモデルとなった少女からはたぶん大きく離れた肖像となっているのではないか。

ルノワールの他の作品の瞳と違わないのだろうけど、少女の瞳は怜悧で尊大な性格もうかがえ、少し幸福そうでない印象が感じられる。怪しく寂しげな少女である。

それ以外に見てよかったのは、ジュール・シェレの「ダンス」(1893年)という作品。画像はネット上で見つけられず、どんな絵だったかはっきり覚えていない。そのときのメモをそのまま書けば、天使と悪魔、女と男、清純と強欲を対比させたリトグラフで、美しいレイアウトとタッチがとてもよかった(気がする)。

あと一人、フェリックス・ヴァロットンという人の一連の作品。

ヴァロットンのアカデミー・フランセーズの会員をカリカチュア風に描いた絵が笑っちゃうほど本人によく似ていて、もちろん描かれた本人を知っているわけではないのだが、知らないのに、あぁこういう人だよねとつい頷いてしまう、そんな絵である。展示作品は見つけられなかったが、下の絵のような感じ。

 Vallotton / Caricature Portrait of Jules Barbey d’Aurevilly 1893 ※展示なし

この美術展には、デュマ・フィスやアルフォンス・ドーデーなどが展示されていた。新聞に載っていそうな風刺絵はとても技術力の高いもので、彼らの小説などに添えてもらいたいくらいである。ちょっと欲しかった。




  2012年開催のシャルダン展カタログ

昨年訪れたシャルダン展で購入しなかったカタログ。それから後悔したので、ついでに買っておいた。


ちょっと追記。

三菱一号館美術館の館内で絵を観て回っているときに妙齢の女性が突然バタン!という音をたてて私の近くで床に倒れた。直接見たわけではないが、その音からは頭を打ったように思った。

女性は幸いにも意識があって外傷も見られなかったが、美術館の館員が集まり女性と連れのお孫さんと話をしている。本人は「大丈夫です、このままじっとしていれば起き上がれますから」と館員に云っており、館員もあまり動かすよりは…と、用意した車椅子を使わずにいた(女性もこういうことは慣れているのか、車椅子はいりませんと云っているようだった)。

たしかにこの場合、身体を動かすのは危険である。しかし、女性を床に寝かせたまま様子を見るのはよくないのではないかと思った。万が一、頭の中で出血していたら…。そこで、館員の方に、お孫さんには聞こえないように、「頭を打っているようですから、救急車を呼んだほうがいいと思います」と伝えた。おそらく救急車は来なかったはずだ。

幸いにして女性は間もなく自分で起き上がり、椅子で休憩できるようになった。そしてなにより幸運だったのは、三菱一号館美術館の床が従来の板張りにかえて最近じゅうたんになっていたことだ。床の板に頭を打ち付ければ、悪い方向へいっていたかもしれない。

女性が立ち上がり、絵を観はじめても、ちょっと安心できない気持ちで私はいた。ほんとうに救急車を呼ばなくてよかったのだろうか。無事、自宅まで帰れたとしてもそれから容態が急変することがあるかもしれない。その女性はいまも元気でおられるのだろうか、ずっと気になっている。


次=ある理想家について - ターナー展 東京都美術館 ・・・東京物語2

2012年12月25日火曜日

感情のルーベンス - リヒテンシュタイン展

12月某日

ルーベンスは有名なのだろうけど、ルーベンス展というものには行ったことはなく、いくつかの美術展で見かけても取り立てて印象に残ったことはない。

例えば、フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展でみた「竪琴を弾くダヴィデ王」も白髪に表れる素晴らしい表現力には感動したが、それがルーベンス個人の関心へとは向かなかったし、大エルミタージュ美術館展の「ローマの慈愛」はちょっと目を背けたくなる奇妙な場面が記憶に残って、その筆致の独特さには注意が向かなかった。

  ルーベンス / 竪琴を弾くダヴィデ王 1616年頃-1640年代後半 ※展示なし

  ルーベンス / ローマの慈愛 1612年頃 ※展示なし

だけど、マウリッツハイス美術館展に飾られていた「聖母被昇天」には単なる宗教画を超えた魅力が感じられて、画家本人の「思い」といったようなものをチラリとうかがい知ることができたように思った。

  ルーベンス / 聖母被昇天(下絵) 1622-25年頃 ※展示なし

そして、リヒテンシュタイン展のこのチラシ。

これまで見たルーベンスとは全く領域の違う、あまりにも人間的な(現実的な)人物がこちらに語りかけるように描かれている絵を目にして、なにか感覚を揺すぶられるような感じがした。こんなことは初めてあった。

  リヒテンシュタイン展チラシ / 開催前バージョン


(つづく)

2012年12月5日水曜日

シャルダン、地味の品格
   - シャルダン展(三菱一号館美術館)

12月某日

国立新美術館のリヒテンシュタイン展を、そのバロック・サロンをどうしても体感したいと焦りを感じて急遽東京へ一泊。

延べ5つの美術展を回ったなかで、まず2日目の日曜午後に出向いた三菱一号館美術館のシャルダン展を簡単に。

シャルダン展 ― 静寂の巨匠

公式サイト : シャルダン展 三菱一号館美術館

東京駅周辺の4つの私立美術館(ブリヂストン、三菱一号館、出光、三井記念)のうち、夏に行ったブリヂストン美術館(ドビュッシー展)はなかなか立派な美術展を開催していて、(財団とは云え)日本の企業もなかなかいい金の使い方をするもんだと感心したものだが、初めて行った今回の三菱一号館美術館はまず贅沢な建物に驚かされた。

  三菱一号館美術館 / 茶色の建物

  シャルダン展入口 / 枯葉の落ちた木にピント

特に高層であるわけでもなく派手さもないのだけど、ヨーロッパの街並みを再現したらしき中庭と100年以上前からそこにあるかのようなレンガ造りの建物があまりに贅沢。

なかに入ってみて、さらに贅沢すぎてまいった。

  奥の展示室入口に続く廊下

2010年に完成したこの美術館は、イギリス人の建築家ジョサイア・コンドルが設計し1894年に完成した洋風建築(1968年に解体)を復元したものだという。1894年と云えば日清戦争の年だ。

外観だけでなく内装や構造も当時のままを再現していて、だけど各展示室をつなぐ扉がガラスの自動ドアだったりエレベーターがスケトルンだったり、新しい設備をふんだんに盛り込んでいる。なかを歩いているだけで楽しい。靴音が響く床板には賛否両論があるようだが、個人的にはほどよくカツカツするのはいい気分である。

シャルダンのどこまでも地味な静物画と人物画

ジャン・シメオン・シャルダン(1699-1779)はフランスの画家。時代はちょうどロココの全盛期だが、シャルダンの絵はロココ風ではないのは明らか(個人的にはロココは苦手。みたことないけど)。もっとも、シャルダンについては相変わらずまったく知らず、木いちごをてんこ盛りにした絵ぐらいはみたことあるなという程度で、実際に絵をみてはじめて知ることばかりであった。

最初、会場で静物画ばかりが飾られているのをみてそれに関心があまりない人としては「こりゃつまらないかな……」と元気がなくなったが、三菱一号館の雰囲気がよかったせいが、結構楽しむことができた。

  シャルダン / 台所のテーブル 1755年

静物画といっても、オランダ絵画にあるような究極のリアルをつきつめた精緻すぎる静物画とは違って、シャルダンのそれはとにかく地味。グラスの透明感をこれでもかと表現し尽くしているわけでもなく、よくある頭蓋骨が置いてあるわけでも、知性をほのめかす書物や富を象徴する装飾物が置いてあるわけでもない。

湿気を表現したかのような暗さ・ぶつぶつ感がすべての絵にあり、ふつうは隠すべき家の裏側である台所が舞台である。それなのに、この作品のように、絵に品を感じてしまうのはなぜだろう。物の配置、色彩、すべてに品がある。

今回はカタログを買わなかったので、その秘密はよくわからない。

  シャルダン / 木いちごの籠 1760年頃

個人蔵の「木いちご」はみることができるだけで貴重らしいのだが、たしかに美しい絵である。ぶどうやりんごといった迫力のある果物ではなく、それぞれは小さな木いちごを籠に載せられるだけ載せてひとつの大きな、それでいて小さな果物をつくったかのようである。その表現の仕方も、地味な色合いながらも、いまにも(籠からだけでなく絵から)零れ落ちそうな「甘さ」が伝わってくる。たしかにおいしそうだ。

しかし、なんといっても、私がお気に入りだったのは人物画。

  シャルダン / 羽根を持つ少女 1737年

これも個人蔵の作品で、所有者から画像は広告などに使用してはならないと厳しく制限をかけられているため、公式サイトはもちろんチラシにも紹介されていない貴重な絵画。

あまり人間味がなく、人形のような描写である。実はそこに魅力があって、ざらざらした質感で全身がスエードのように見えるが、とても愛くるしくてかわいい。こればっかりは実物でしか伝わらないかもしれない。

この作品のヴァリアントも同時に展示されており(ウフィツィ美術館蔵)、シャルダンが自らの筆で複写したのか別の画家による模写なのかは現在わかっていないのだが、この同じ構図の絵を同じ部屋で見比べることができる。そうして実感するのは、ヴァリアントの作者はシャルダンではないということ。明らかに描き方が違うのである。ヴァリアントは造形の筆運びがギクシャクしており他人が写した感があって、なにより、ひとつの統一した精神が描いた作品には思えなかった。

それだからこそ、シャルダンの「羽根を持つ少女」の魅力がいっそう際立つ。シャルダンというセンスが描き上げた完璧な絵。画風は肖像というより漫画的なのだが、派手さのないどこまでも地味な描き方にどこかしら品を感じてしまうのが不思議だ。品のあるデッサン、といったら失礼か。シャルダンにしか描けない絵であろう。

この絵は当然のことながらポストカードにしてもらえなかったため、カタログでしか味わえない(なのに買わなかった自分を恥じる)。いまキーボードを打っているこの瞬間に、もう一度見たくなってきた。

  シャルダン / 食前の祈り 1740年

これはとても有名な絵らしく各国の王侯が求めたほどの人気を集め、シャルダン自身によるヴァリアントがいくつか存在し、今回はそのうち2作品が並べられた。私はあまり興味はそそられなかった。


会期は来年(2013年)1月6日まで。シャルダンを知っている人も知らない人も、特に三菱一号館美術館に行ったことのない人には、絶対におすすめできる美術展であった。







2012年9月15日土曜日

美しさ-レーピン展と『屋根裏部屋のマリアたち』

8月某日

ドビュッシー展の前々日、渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムでレーピン展を、その上のル・シネマで映画『屋根裏部屋のマリアたち』を見た。なかなか充実した夜であった。

   夜の渋谷。奥のほうにBunkamuraがあるが見えてはいない   

ところでレーピンとは誰か。

当然知るはずもなく、関心もほとんどなかったためあらかじめ何かを調べたわけでもない。ただ、レーピン展の良い評判をすこしネットで読んでいたから、軽い気持ちで行ってみただけだ。

イリア・レーピンとロシア

   「レーピン展」カタログ 2012年 2300円
(掲載写真がおしなべて低質なのは残念。解説は読み応えあり)

公式サイト : 国立トレチャコフ美術館蔵 レーピン展

カタログによれば、イリア・レーピン(1844-1930)はトルストイやチャイコフスキーらと並ぶロシアの有名な文化人であるという。そんな知名度のある人物と知らなかったのは私の不勉強かもしれないが、本当にそうなのだろうか。

だが彼の略歴や作品をみると、たしかにそうかもしれないと思えるところがある。交友関係は幅広く、トルストイやツルゲーネフとも面識があったという。私が特に注目したいのは、19世紀ロシアとの関係である。

レーピンはロシアの画家とされるが生まれはウクライナ。絵に目覚めたレーピンは当時の若者が皆そうであるように美術アカデミーを目指し、ペテルブルグに降り立つ。1863年のことだった。

当時のロシアで何が起きていたかといえば、革命の気運である。

(個人的好みから例をだせば)ドストエフスキーの『地下室の手記』は1864年、『悪霊』は1871年に出版されたのだが、いずれも革命思想の空想性・残虐性を(批判的に)描いた小説である。だがドストエフスキーがそのような認識を持つようになったのは、自らが革命思想に溺れシベリアに流刑(1849-54)された経験があるからであって、若いころはペトラシェフスキーの社会主義サークルに近い立場にいた。(なにも、国家に敗北したから転向したという意味ではない。)

文芸の世界に絶賛されて迎えられたばかりのドストエフスキー、もっとも社会の潮流にナイーブであった頃のドストエフスキーが影響を受けたように、1850年代前後のロシアは帝政を批判する自由な言論が社会にあらわれていた。レーピンは首都ペテルブルグでそのような空気に直接触れながら美術を学んだのだった。

この影響は彼の作品に確実に反映されている。

といっても、だいぶ後の作品になるが、「思いがけなく」という絵は意味あり気だ。

   レーピン / 思いがけなく 1884-88年

“思いがけなく”家の主人が帰宅した場面である。男は明らかに監獄帰りの姿だ。あるいは拷問つきの拘束を受けていたのだろう。

壁にかかっている絵が暗示しているのだが、捕まった理由は他でもなく革命運動への加担である。19世紀ロシアと監獄と云えば、それしかない。しかもあらかじめ予定されていたのではなく突然釈放されて(あるいは逃亡して)帰宅したのだから、いっそうその特殊性が強調される。場面選択が秀逸であり、加えて彼を迎える子供たちのそれぞれの表情、女中の呆然とした立ち姿、なにより夫人と思われる女性の一瞬の強張りがすばらしい。もちろん、帰宅した主人の戸惑いの表情も。

帰ってくるのを心待ちにされていた人が帰ってきたのか、帰らざるべき人が帰ってきてしまったのか。

表立って帝政を批判しているわけではないが、当時の社会のあるネガティブな側面を(直接的ではなく)間接的に表現した傑作である(直接批判したら政治臭を帯びる)。発表時には賛否両論を巻き起こしたという。

レーピンの作風

さて、レーピンがアカデミーで修行しているときの習作として、レンブラント「老女の肖像」の模写があった。

レンブラントの作品はエルミタージュ美術館に所蔵されており、ちょうど先日、国立新美術館で開催された大エルミタージュ美術館展でも展示されていた。私も見ていたから、Bunkamuraの館内で「あれ?」と一瞬驚いて感慨深いものを感じた。

   レーピン / 老女の肖像〔模写〕 1871-73年

レンブラント / 老女の肖像 1654年 エルミタージュ美術館蔵 
※展示なし


レーピンのほうはネットで適当な画像がなかったためカタログを自分で接写したもの。彼の模写はタッチが荒々しくレンブラントの真髄を吸収しようという意図がよく伝わる。

そう云えば、レーピンの作風は幅が広く、伝統的な写実性と印象派的な視覚性を備えた作品がそれぞれ制作されているのが特徴だ。

   レーピン / 幼いヴェーラ・レーピナの肖像 1874年
(レーピンの妻と娘はどちらもヴェーラという名。こちらは娘のほう)

レーピン / あぜ道にて-畝を歩くヴェーラ・レーピナと子どもたち 1879年

いずれも印象派を思わせる作品である。特に「あぜ道にて」のほうはモネを髣髴とさせる場面選択と筆の運びで、事実、レーピンは1873年から76年までパリに留学しており、まさしく当時社会に登場せんとする印象派に強い衝撃を受けていた。特にマネを崇拝していたという。

でもここにはフランスの爽やかな風は表現されておらず、風は吹かず大地の広大さが訴えてくるのであって、ロシアならではといったところか。

一方で、写実性を存分に発揮した肖像画も多く描いており、個人的に関心がないのでそれは掲載しないが、写実性の高いものとして次の「皇女ソフィア」が強く記憶に残っている。

   レーピン / 皇女ソフィア 1879年

いい画像がないのでカタログを接写。緻密に描かれたソフィアのドレス豪華さはとてもすばらしかった。だが焦点はソフィアの表情である。怒りをここまであらわした女性を描いた絵というのは寡聞にして知らない。皇族の一人をこのように描けるのはこれもまたロシア的であると云える。

ついでにもうひとつ、今回展示はないがカタログの解説にモノクロで掲載されていたもので、ちょっと気に入った絵を。

 レーピン / 水底の王国のサトコ 1876年 国立ロシア美術館蔵 
※展示なし


このような幻想的な絵もこなすのだ。

その他いろいろ

今回の展覧会で最も印象的だったのは、チラシにも採用されている妻の絵。

   レーピン / 休息-妻ヴェーラ・レーピナの肖像 1882年

若く見えるので娘ではないかと一瞬思ったが、妻である。右腕に喪章があるのではないか、という。えんじ色の洋服とソファが高級感をあたえつつ控えめな存在感をもたらしている。

もうひとつは、当時のロシア社交界の華だったというある婦人の肖像。

レーピン / ワルワーラ・イスクル・フォン・ヒルデンバント男爵夫人の肖像 1889年

レーピンの社交界での立場がわかる作品であろう。

   レーピン / 修道女 1878年

修道院を訪れたときに覚えた感動をもとに描かれた絵。モデルは弟の妻ソフィア・レーピナだという。

と、綺麗な女性ばかり並べると、人物の美しさと絵の美しさを履き違えているのではないかとの批判は避けられない。半分あたりで、半分はずれ。

美しいものを描けば絵は当然美しく見える。そして、醜いものを劇的に描けばそれもまた美しい絵になる。それも真実だ。

   レーピン / ゴーゴリの「自殺」 1909年

作家ゴーゴリが原稿を暖炉の火に投じている場面。作家にとって原稿を燃やすことは、自らを燃やすようなことだ。まさしく「自殺」と云える。ゴーゴリのユーモア小説を愛読する私にとっては、衝撃的な図である。ゴーゴリは何をみているか、遠い過去を見ているのか、明日を見ているのか、あるいは何も見えていないのか。

   レーピン / 1581年11月16日のイワン雷帝とその息子イワン 1885年 国立トレチャコフ美術館蔵 ※展示なし

この絵そのものは展示されていない。代わりに「習作」が展示されてあって、でも完成作のほうがずっといいのでこっちを。

すべての絵を観終えた感想として、作風としてはレンブラントの影響を受けているのはよくわかったが、西欧にはない、ロシアの薄暗さ、大陸的気質、そしてある種の気高さが彼の作品から伝わってくる。西欧の画家には持ちえぬ魅力だった。

時間を置いてカタログの解説を読んだら、すっかりレーピンに惹かれてしまった(冒頭のガリーナ・チュラク氏の論文は読み応えあり。それで一冊の本ができそうなクオリティ。訳者の鴻野わか菜氏の翻訳も他の美術展のカタログのそれとはレベルが違う上手さだった)。

姫路市立美術館にも年明けに巡回する予定だが、行くか迷う。


『屋根裏部屋のマリアたち』

   屋根裏部屋のマリアたち / 2010年 フランス

レーピン展を観終わったあと、上の階にあるル・シネマで『屋根裏部屋のマリアたち』を観る。

Bunkamuraにせっかく来たのだから映画でもというわけで、上映中のなかからこれを選んだ。

本国フランスでは上映するや否や大ヒットしたそうで、どんな映画か楽しみにしたが、まぁ、娯楽映画であった。





(以下続く。)

2012年8月26日日曜日

ドビュッシー展でマネを観る - ブリヂストン美術館

8月某日

3泊4日で東京へ。目的は、初日に行ったマウリッツハイス美術館展なのだが、まず最終日のレポートから。

たしか駅の構内かどこかでチラシをみてこれは面白そうだと思って急遽行くことにしたのが「ドビュッシー、音楽と芸術」展。場所はブリヂストン美術館で、午前中にいた国立新美術館のインフォメーションでその場所を聞いたら親切にも教えてくれた(ありがごうございました)。

地下鉄で京橋駅に到着して駅からとぼとぼ歩いていると、わき道に画廊がいくつか見えた。せっかくなのでひとつぐらい寄っていこうかとウインドウ・ウォッチングをしていると気になる絵(版画)が飾られていた画廊があったので入ってみる。

千代春画廊、笹本正明の個展だった。

   笹本正明 / 羽化 ※展示なし

こんな絵がいくつか飾られていた。絵と笹本正明の名前をどこかでみたような気がするのだが思い出せない。1966年生まれということもあり、現代的な絵のつくりが感じられ、気に入ってしまった。展示されている絵には数十万の値札がついていたので眺めるだけだったが、カレンダーが販売されていたので購入。



暦として使うよりも飾るに相応しい絵の美しさと質感である。どこかミュシャを想像させるタッチだが、よくは知らない。

さて、寄り道したが、ブリヂストン美術館へ。

ドビュッシー、音楽と芸術 - ブリヂストン美術館



公式サイト : ドビュッシー、音楽と芸術 印象派と象徴派の間で

この美術館はもちろん初めて。日本橋のすぐ隣にあり、東京駅八重洲口から徒歩圏内というすごい場所にある。それでも、広さは十分なものだ。

印象派の絵画がたくさんあるらしいと期待して中に入ったが、これがスバリ当たりであった。

ポスターに採用されているルノワールは個人的にどうでもいいのだけど、なんといっても、マネのこの2作品が飾られているとは見た瞬間に驚いた。

   エドゥアール・マネ / 浜辺にて 1873年 オルセー美術館蔵

   エドゥアール・マネ / ステファヌ・マラルメの肖像 1876年 同

まさかオルセーからこの絵をもってきたとは、仰天。他の鑑賞者は仰天したふうには見えなかったが、少なくとも自分はこれらの絵をみたとき、ちょっと驚きの声をあげてしまったほどだ。

どちらも本で見て知っただけの絵で、特別傑作であると認められている絵ではない。だが、知っているというだけで、実物を観たときの感動は否が応にも増すものだ。

「浜辺にて」の方は、拡大しないとわかりにくいが女性のかけているレースの描き方の素晴らしい。そうか、このようにも描けるのかと感心する。モネの「日傘をさす女性」(1875年)にあるレースを彷彿とさせるが、マネのほうが2年早いということは、モネはマネの作品を参考にしているのかもしれない。

クロード・モネ / 日傘をさす女性 1875年 NGAW蔵 ※展示なし

もうひとつ、マラルメの肖像はマラルメの名が大きすぎて、作品自体についてはよくわからない。しかも、マラルメの人となりをよく知らないのだから、こういう人だったのかという感想しかないのだが、この肖像画はたびたび紹介されるものであるから、その意味で貴重なものを観ることができた。

他の作品について挙げるならば、まずカイユボット。

昨年のワシントン・ナショナル・ギャラリー展で初めて遭遇して以来、独特のリアリズム表現が印象に残っているカイユボットの作品が1点飾られていて、なんでも最近ブリヂストン美術館が購入したものであるという。

   ギュスターヴ・カイユボット / ピアノを弾く若い男 1876年

いいものを買ったな、と石橋財団に伝えたいほどいい作品。鮮明な画像が見つからなかったが本物はもっときめ細かく美しく、とりわけピアノの漆黒に壁紙の模様が見事に映りこんでいる。その映り込みによって黒の固さが和らげられ、絵全体がひとつの柄に包まれている感じを与える。ため息がでるほど綺麗な絵である。

また、個人的に関心のあるドニの絵も複数あったがいまいちピンとこなかったため印象には残っておらず、むしろ、初めて観る絵としてルロールが良かった。

アンリ・ルロール / 肘掛け椅子のある室内 1890年頃 個人蔵

アンリ・ルロール / 室内、ピアノを弾くルロール夫人 1890年頃 同

いずれも個人が所有しているもので公開されることは少なく、画像もネット上ではほとんど見つけられなかったため、ミュージアムショップで購入したカタログを撮影してみる。

2つのなかでは特に上の「肘掛け椅子のある室内」がしっとりした趣きがあってお気に入りだ。奥には裁縫をしていると思われる女性がひとり座っているのだが、実際にこの光景に遭遇したとすれば誰しもつい眺め続けるであろう、どこか温かみのある家庭の様子。その温かみを十二分に、この絵は伝えてくれる。下の絵と比べて、通りしな偶然出会った光景といった感じがして、とてもいい絵ではないだろうか。

その他、印象的だった絵をいくつか並べる。

 ウジェーヌ・ブーダン / トルーヴィル 1865年 ブリヂストン美術館蔵

   ウィンスロー・ホーマー / 夏の夜 1890年 オルセー美術館蔵

   ギュスターヴ・モロー / 化粧 1890年 ブリヂストン美術館蔵

モローのほうはカタログに掲載されていないが、間違いなくあった。常設展のほうにはなかったような気がするが、よくわからず。

ほんとうは初めてみるバーン=ジョーンズ(複数あった)に拘りたかったのだけど、当日は気分的にみる余裕がなかったため、省略。惜しいことをしたかもしれない。

  「ドビュッシー、音楽と芸術展」カタログ 2012年 2500円