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2014年11月9日日曜日

カバネルの曖昧な「裸」-オルセー美術館展|国立新美術館

9月某日

巡回展がないため仕方なく東京まで出かけて国立新美術館の「オルセー美術館展」へ。

公式サイト : オルセー美術館展
会期     : 2014.7.9.-10.20.
場所     : 国立新美術館

ちょうど、東京都交響楽団がサントリーホールでブラームス交響曲4番を演奏する日と合わせることができたため(むしろコンサートに合わせて)、かなりお得な小旅行となった。

絵画の「裸」

事前に展示されると知らなかったため会場で遭遇してもっとも驚いたのは、カバネルの「ヴィーナスの誕生」。こんな「大物」が来ていたとは……。

ところで、裸のヴィーナスを描いて有名なのはボッティチェッリとティツィアーノの作品。

ボッティチェッリ / ヴィーナスの誕生 1485-86年 テンペラ ※展示なし

 ティツィアーノ / ウルビーノのヴィーナス 1538年 油彩 ※展示なし

ボッティチェッリからティツィアーノへは、同じ神話画であっても、官能性の有無が明確である。ティツィアーノは、ヴィーナスの周囲を(当時の)わたしたちの日常とさほど変わらない事物で飾った。それゆえ神話性は薄れ、官能性が際立つ。

 カバネル / ヴィーナスの誕生 1863年 油彩 ※展示なし

しかし、それから300年後のカバネルはヴィーナスを神話の世界に引き戻す。当時の仏アカデミズムのルールにのっとった手法だった。(上の2人はイタリア。)

初期ルネサンスの中心人物に位置づけられるボッティチェッリが神話を神話として描くのはごく普通のことである。ルネサンスはそもそも古代ギリシャ・ローマの芸術復興を志向したものなのだから。盛期ルネサンスを生きたティツィアーノがヴィーナスを神話から現実へ引き摺り出したことは、当時としては挑発的な行為だったろう。

だが、産業革命が社会を激変させていた19世紀の只中にあって、神話に忠実に従ったカバネルは(特に今から見れば)滑稽である。皇帝ナポレオン三世がカバネル「ヴィーナスの誕生」を買い上げたように、芸術と現実社会との乖離は最大の臨界点に達していた。それを一気に崩しにかかったのが、カバネルと同年に制作されたマネの「オランピア」であるのは周知のところ。

 マネ / オランピア 1863年 油彩 ※展示なし

「オランピア」は発表時には酷評されたが、いまでは画期的な作品として一般に認められている。現実をあるがままを描いたとして。

カバネルのリアルな「裸」は明らかに当時の娼婦を想起させた。だがカバネルは娼婦を娼婦として描けなかった。(高橋達史はこれを「アカデミック・ポルノ」と呼ぶ。)彼に娼婦を描こうという意思はなかっただろうが、「ヴィーナスの誕生」はあまりにリアルな描写であるため、娼婦のヴィーナスでしかない。裸を描けば当時の社会の現実からは娼婦としか見えなかったのである。カバネル自身にも、人々のそのような欲求(官能的な)を満足させる目的があったはずだ。

ボッティチェッリからマネの“ヴィーナス”を並べてみると、カバネルの中途半端さがよくわかる。神話なのか現実なのか、芸術なのか世俗なのか、曖昧な彼の「裸」。


(たぶん、続く)

2014年8月25日月曜日

偉大な芸術家の思い出に - バルテュス展 / 京都市美術館

8月某日

表題はチャイコフスキーの曲から拝借。特に意味はなく、バルテュスを観るのは初めてだし思い出といっても美術館には2時間しか滞在していない。

日曜午後3時に訪れた京都市美術館はいい具合の混み具合だった。閉館の5時前には絵を独占できる幸運。しかも、京都市美術館友の会が椅子を寄贈してくれており、この美術館で作品を座ってみることができたのは初めてであった。


以下、読みにくいのでご注意。絵を愉しんでもらえたら。

(2014.9.2.更新)

バルテュス展 京都市美術館 2014.7.5. - 9.7.

  「嵐が丘」第8章挿絵 / 1933-35

孤児ヒースクリフと令嬢キャサリン(キャシー)の関係に自分の恋心を重ねた若きバルテュス(1908-2001)は、エミリー・ブロンテ「嵐が丘」の挿絵を描いている。同時に、ヒースクリフを自分に置きかえた作品「キャシーの化粧」も描いているのは、動機からは自然なことかもしれないが、彼の強すぎる自我がそこに現われた格好だ。

挿絵のヒースクリフは自画像と酷似する。作品を借りて自分を語っているのである。

  キャシーの化粧 / 1933

彼は終生、自分が描きたいものを描いた。
(※訂正 美術展カタログの解説によれば、作品が売れない若い頃は依頼注文の肖像画を描いて糊口をしのいでいたそうである。)

         ∴           ∴           ∴

「美しい日々」が象徴的であるが、バルテュスの描く人物(顔)の造形はボッティチェッリに近づく。

  美しい日々 / 1944-46

若いころにイタリアに住んで絵を独学で学んだことの影響からか、初期ルネサンス時代以前に一般的だった描線が太く輪郭を強調した顔の描き方。モデルとなった少女の顔とはおそらくほとんど似ていない。全体を少しデフォルメした絵は、リアリズムから離れ、戯画的ですらある。

彼の理想がスタイルとして現実化された構図なのだろう(Xの構図もまた美しい)。現実を侮辱した絵を描いたという意味で、どこか宗教画を思わせる。

20世紀(現代)の神話を描いた宗教画。

少女は不可思議な魔力を感じさせ、人は絵の前に釘付けとなる。中世の闇が生んだ貴族の屋敷に主として住むひとりの少女。自らに恍惚するさまは、たとえようもなく“美しい”。

この魔術性・神秘性は、少なくともその一部は、同じくイタリアのカラヴァッジョが描いた絵が発するものと同じだろう。

  カラヴァッジョ / リュート弾き 1595-96 ※展示なし

  眠る少女 / 1943

「眠る少女」と並べてみると人間らしくない質感がよく似ている。どちらも彫刻のようだ。眠る「少女」は人間の魂が抜け出した形骸のようであり、しかし生気はかろうじて失われていない。

         ∴           ∴           ∴

「12歳のマリア・ヴォルコンスカ王女」もまたそうであるが、バルテュスの描く少女のバランスと質感は人形のそれである。

  12歳のマリア・ヴォルコンスカ王女 / 1945

人形が魔術の道具として用いられるのは、人形が人の魂の容れ物の役割を果たすからである。バルテュスが少女を人形のように描くとき、少女は少しく魔術性を帯びる。

         ∴           ∴           ∴

人のシルエットを誇張や美意識によって歪めるのは近代絵画以前の世界ではごく普通に行なわれていたことであって、とりたてて彼独自のものであるというわけではない。ギリシャ・ローマ彫刻の写実を経たあとの中世ヨーロッパのそれと変わりはしないし、近代の写実に慣れた、写真が日常にある私たちの先入観がそう思わせるだけだ。

バルテュスには肖像画など精緻な絵がたくさんある(本展では「ピエール・マティスの肖像」)。それらを見れば彼のデッサン力の程度は誰でもおおよそ理解できる。ピカソと同じく、あえて(ある思惑をもって)このような絵を描いたことは容易に推し量れるだろう。

絵とは本来そういうものだった。

         ∴           ∴           ∴

特定の人物を描く一部の肖像画をのぞいて、これらの人物がけしてこちらを直視しないのもバルテュスの絵の特徴だ。彼ら彼女らは視線をそらす。

         ∴           ∴           ∴

  ジャクリーヌ・マティスの肖像 / 1947

もっとも美しく思ったのが「ジャクリーヌ・マティスの肖像」。ひとりの少女の横姿を描いた、それだけの絵である。おそらく彼女の美しさがバルテュスの作為を拒否したため、この自然な絵が生まれたのであろう。ジャクリーヌはアンリ・マティスの孫にあたる。

最後に有名な「夢見るテレーズ」。

  夢見るテレーズ / 1938

椅子にかけた布地をはじめとした静物は、セザンヌ。

         ∴           ∴           ∴

ここまでに挙げただけでも多くの過去の画家の名前がある。バルテュスは過去を巧みに取り入れながら、それでいて誰も描いたことのない作品をつくりあげた。

少女という存在は現代に残された数少ない神話性を保っている。ときに現実的でない美しさと妖しさを湛え、人間の穢れを蔑む。そこだけは純潔が守られる。バルテュスはこの純潔に俗性(日常)を加えたわけだが、結果は、純潔をよりいっそう高めたと云えるだろう。

それが、バルテュスの作品が現代の神話であると云ったときの、神話の意味だ。

         ∴           ∴           ∴

  雨上がりで緑は鮮やかに

  川の流れに負けず、少しずつ進むガチョウ(?)

         ∴           ∴           ∴


2013年11月10日日曜日

ある理想家について - ターナー展 東京都美術館 ・・・東京物語2

11月某日

三菱一号館美術館のあとは、いったん宿でチェックインをしてから、徒歩で東京都美術館へ。

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851)。

その作品を初めてみたのは、昨年(2012年)12月、Bunkamuraザ・ミュージアムは「巨匠たちの英国水彩画展」でのこと。

渋谷は東京に住んでいたときもっとも馴染みのあった街だけど、このミュージアムにはついぞ足を運んだことはなかった。昨年も水彩画に特別な関心があったわけではなく、ちょっと寄ってみるかぐらいの気持ちで訪れたのだが、地味な美術展なのにいくつか印象に残る絵が展示されていた。その1つがターナーの水彩画である。

  ターナー / 旧ウェルシュ橋 1794 ※展示なし

えっ、これが水彩画なのですか? と、にわかには信じられない作品。ポストカードも買ったお気に入りの絵で、当時のメモを引用すれば、「見たものをただ写しとっただけではない情景。水面に写る船などの地上物、そして水紋のようなものは水彩を超えている」。手前の橋が古く朽ち果てた旧来の橋で、向こう側に新しくかけられた橋が垣間見える。なんとも物悲しい光景である。

英国水彩画展は展示される多数のうちの1人にすぎなかったが、ターナーの個人展が都美で開催されるというので、これはぜひにと行ってみた。

ターナー展 - 東京都美術館

公式サイト : ターナー展
会期     : 2013.10.8.-12.18.
場所     : 東京都美術館


日曜の夕方だけれど館内にはそこそこの人がいた。でも一人で一枚の絵を独占できるほどには空いている。ターナー展は年明け1月に神戸市立博物館に巡回するので、つまり、そちらにもおそらく行く予定であるから、今日は肩肘張らずリラックスして観てまわるつもりだった。だからカタログはまだ買っておらず絵の詳細な背景などは皆目わからないため、以下、間違っている点、勘違いしている解釈があればご容赦願いたい。

  ターナー / 嵐の近づく海景 1803-04 油彩

これは東京富士美術館所蔵のもの。まだ正気(?)を保っている時期の作品で、のちに出てくる強烈な絵の世界をつくった同じ画家とは、いま振り返れば思えない。古典主義的な緻密な描写が特徴。

「廃墟のわきで水を飲む水牛」(1800-02年・水彩)は画像をみつけることができなかったが、遠目からはとても水彩とは思えない迫力の絵で、油彩より硬く、かつ柔らかく描かれていたと表現したい。矛盾しているけれど。

  ターナー / 座礁した船 1827-28 油彩

だんだんターナー「らしく」なってきた。すべてが白く輝く、「終わり」のあとの光景である。穏やかな波の音だけが聞こえてきそうだ。「嵐の近づく海景」とは似ているようでいて、作品間の20年の歳月が確実に感じられる違いもみてとれる。嵐の前と後という違いではなく、視線が前なのか後ろなのかというぐらいの差がある(ように思える)。

この美術展は初期から晩年までの作品が一堂に会しており(ほとんどがテート・ギャラリー所蔵)、ターナーの人生とその変遷が味わえる構成となっている。おそらく1枚1枚の絵の物語をたどっていけば、それはすなわちターナーの人生の物語となるはずだ。

月刊誌「美術手帖」が2013年11月の増刊号で「特集 ターナー」を出していたことを、いま思い出した。もちろん買っていた。カタログの代わりにこの雑誌を手元に置いて続きを書いてみたい。

「美術手帖」を読んでいて真っ先に目がいった絵は自画像。

  ターナー / 自画像 1799頃 油彩 ※展示なし

本展に来ていなくて最も悲しむべき絵である。上にあるような絵を描くであろう人物と、自画像のなかなか男前な風貌と、一見、重なり合うものはない。しかし、この自画像が帯びる暗さはどういうことだろう。

24歳ほどの若者が描く絵としては驚くほど若さが感じられず、なにかルサンチマンのような感情が伝わってくる。それは上目がちの視線や、画面全体の薄暗さにあらわれる。自分がこの世、この社会から消えていってしまうかのような。あるいは逆に、闇の世界からこっちの世界を覗いているような。そこには、貧しい少年時代を経験したことや異常なまでの上昇志向が背景にあるのではないかと思った。



(つづく)

2013年11月9日土曜日

近代への眼差し 印象派と世紀末美術 - 三菱一号館美術館  ・・・東京物語1

11月某日

友人の結婚式出席を兼ねて、東京へ美術の旅に。

1日目に2つ、2日目に1つ(+結婚式)、3日目に2つ、とかなり押し詰めたスケジュールだったが、それはそれは素晴らしい3日間となった。あらかじめ入念にスケジュールを組んで、ルートも最短を選んだのでスムーズに回ることができた。

近代への眼差し 印象派と世紀末美術 三菱一号館美術館

  チラシをもらい忘れたのでニューズレターを

公式サイト : 三菱一号館美術館名品選2013 -近代への眼差し 印象派と世紀末美術
会期     : 2013.10.5.-2014.1.5.
場所     : 三菱一号館美術館

羽田から浜松町、そのまま東京駅へ。

改装あいなった東京駅舎を軽く一瞥。設計の辰野金吾(東大建築学科で日本人初の教授)は大の相撲好きで知られ、この駅舎は横綱の土俵入りを模したものであるという話を聞いたことがある。正面に回らないとわからないのだが、面倒なのでパス。


さて、荷物をそのまま抱えて徒歩で三菱一号館美術館へ。


ここは2回目に訪れる。あらてめて思うが、この建物自体が美術品のようなもので、いつまでもずっとそのままでいてほしい。


事前に調べたところではルノワール以外に見所なし。実際、それ以外にとくに見所はなかった。

  ルノワール / 長い髪をした若い娘 1884

顔の肌の艶がとても美しい(これだけは他の画家には真似ができない)。顔以外の髪や服装、背景の流れるような筆致とは対照的である。顔もよく見れば、大人っぽい瞳と全体の童顔がアンバランスであり、実際のモデルとなった少女からはたぶん大きく離れた肖像となっているのではないか。

ルノワールの他の作品の瞳と違わないのだろうけど、少女の瞳は怜悧で尊大な性格もうかがえ、少し幸福そうでない印象が感じられる。怪しく寂しげな少女である。

それ以外に見てよかったのは、ジュール・シェレの「ダンス」(1893年)という作品。画像はネット上で見つけられず、どんな絵だったかはっきり覚えていない。そのときのメモをそのまま書けば、天使と悪魔、女と男、清純と強欲を対比させたリトグラフで、美しいレイアウトとタッチがとてもよかった(気がする)。

あと一人、フェリックス・ヴァロットンという人の一連の作品。

ヴァロットンのアカデミー・フランセーズの会員をカリカチュア風に描いた絵が笑っちゃうほど本人によく似ていて、もちろん描かれた本人を知っているわけではないのだが、知らないのに、あぁこういう人だよねとつい頷いてしまう、そんな絵である。展示作品は見つけられなかったが、下の絵のような感じ。

 Vallotton / Caricature Portrait of Jules Barbey d’Aurevilly 1893 ※展示なし

この美術展には、デュマ・フィスやアルフォンス・ドーデーなどが展示されていた。新聞に載っていそうな風刺絵はとても技術力の高いもので、彼らの小説などに添えてもらいたいくらいである。ちょっと欲しかった。




  2012年開催のシャルダン展カタログ

昨年訪れたシャルダン展で購入しなかったカタログ。それから後悔したので、ついでに買っておいた。


ちょっと追記。

三菱一号館美術館の館内で絵を観て回っているときに妙齢の女性が突然バタン!という音をたてて私の近くで床に倒れた。直接見たわけではないが、その音からは頭を打ったように思った。

女性は幸いにも意識があって外傷も見られなかったが、美術館の館員が集まり女性と連れのお孫さんと話をしている。本人は「大丈夫です、このままじっとしていれば起き上がれますから」と館員に云っており、館員もあまり動かすよりは…と、用意した車椅子を使わずにいた(女性もこういうことは慣れているのか、車椅子はいりませんと云っているようだった)。

たしかにこの場合、身体を動かすのは危険である。しかし、女性を床に寝かせたまま様子を見るのはよくないのではないかと思った。万が一、頭の中で出血していたら…。そこで、館員の方に、お孫さんには聞こえないように、「頭を打っているようですから、救急車を呼んだほうがいいと思います」と伝えた。おそらく救急車は来なかったはずだ。

幸いにして女性は間もなく自分で起き上がり、椅子で休憩できるようになった。そしてなにより幸運だったのは、三菱一号館美術館の床が従来の板張りにかえて最近じゅうたんになっていたことだ。床の板に頭を打ち付ければ、悪い方向へいっていたかもしれない。

女性が立ち上がり、絵を観はじめても、ちょっと安心できない気持ちで私はいた。ほんとうに救急車を呼ばなくてよかったのだろうか。無事、自宅まで帰れたとしてもそれから容態が急変することがあるかもしれない。その女性はいまも元気でおられるのだろうか、ずっと気になっている。


次=ある理想家について - ターナー展 東京都美術館 ・・・東京物語2

2013年7月6日土曜日

印象派と印象派以外 - 奇跡のクラーク・コレクション

6月某日

昨年末、東京に行ったときにみつけたチラシかなにかで、ルノワールを中心とした印象派の美術展が来年、つまり今年開かれるのを知って、まずは三菱一号館美術館、ついで兵庫県立美術館に移動するというから、ルノワールはあまり好みじゃないが展示される印象派の作品のなかには他にベルト・モリゾやエドゥアール・マネのものがあるし、あるいはもしかしたら新しい画家を「発見」するかもしれないので、兵庫県立美術館に巡回に来たときにはぜひ行こうと思っていた。

6月8日から始まった美術展はネットで感想を読む限り評判もよさそうで、おそらく今年のNo.1であろうからかなり期待してわざわざ有給をとり平日に行ってみた。

奇跡のクラーク・コレクション -ルノワールとフランス絵画の傑作

  左はモネ、右はルノワール / 雨の兵庫県立美術館

  右がミュージアムショップ / 美術館は安藤忠雄設計

平日とあってひとの入りは一部屋に10人程度。じゅうぶん快適に観られる。

最初の展示室にはカミーユ・コロー(1795-1876)の作品が数点で、まったく注目していなかったのが幸いしたか、意外な良さに目をみはる。内訳は風景画数枚と人物画一枚で、人物画「ルイーズ・アルデュアン」はベタ塗りなどがフランスというよりドイツやフランドル地方の画風に近く、けれど顔はナポレオン、みたいな。「ボッロメーオ諸島の浴女たち」の幻想的な絵もよかったが、「水辺の道」がお気に入り。

 コロー / 水辺の道 1865-70

画像よりも実物は色の濃淡(日向と日陰の差)がはっきりとしている。太陽は描かれていないのだが、強く太陽の存在を感じさせる風景画である。木の陰、砂利道の明るさ、草と木の葉の鮮やかな緑。陰と陽のコントラストが陰の暗さを引き立て、陽の明るさを際立たせている。コローが印象派への橋渡しをしたターニングポイント的人物であるのがよくわかる絵だと思う。

コローの次はフランソワ・ミレーの作品が2つ。初めてみるミレーだが、パッとしない作品でさっぱり興味を持てず。そして、ルノワールの次に作品が多く並べられたクロード・モネが続く。

 モネ / 小川のガチョウ 1874

何枚ものモネの絵が飾られていたが、あえて取り上げるとすればこの「小川のガチョウ」。川に浮かぶガチョウがつくりだす波紋の斬新さは驚異的。水面は一切描かずとも、波紋だけで透明な「水」を表現してしまうのはモネの真骨頂といったところ。

カイユボットも捨てがたいのだが風景画では彼の良さはあまり発揮されない。さらにシスレー、ピサロと印象派のエッセンスがずらりと展示され、そのなかで気に入ったのはシスレー「モレのロワン川と粉挽き場、雪の効果」。

 シスレー / モレのロワン川と粉挽き場、雪の効果 1891

「雪の効果」と画題に入れてしまうあたり、印象派最後の足掻きとしてのシスレーの意思が感じられる。印象主義はまだ完成されたわけではない、まだ実験段階なのであり、この作品もその途上にあるのだという強い意思。実際、限りなく簡略化された筆遣いは印象主義の究極のようでいてその先の世界をも見ているかのようだ。印象主義を軽く乗り越えたセザンヌは別として、シスレーこそ印象主義のたどり着きえる先まで歩き続けた唯一の画家だと思われる。

 マネ / 花瓶のモスローズ 1882

今回の美術展でマネの作品はひとつだけ。そしてそのひとつが自分にとって最良の作品だった。この絵は拡大するとよくないので、小さめの画像を添付。

マネにしか描けない、マネによるマネのための静物画。独特な透明感、花の色の鮮やかさ、モノのエッセンスしか描かない技法。なんといっても、本物よりも質感のある、花瓶に落ち着いた水の素晴らしさ。画像でみられるように水は床の色を反映して少し黄色くなっているが、間近でみると本物の水よりも透明な感じがあって、辞書の「たっぷり」という単語の用例に使えばいいと思うくらいの「たっぷり」である。これだよこれ、と絵の前で一人つぶやいていた。

(つづく)

2013年5月27日月曜日

20世紀の美術を、駆け足で - 関西「美の饗演」

5月某日

関西にある6つの公立美術館(大阪市立近代美術館建設準備室、滋賀県立近代美術館、兵庫県立美術館、和歌山県立近代美術館、京都国立近代美術館、国立国際美術館)の所蔵作品を一堂に集めた美術展「美の饗演」展を観に、今回は電車で国立国際美術館へ。

作品は20世紀以降のもの限定であるから、要は現代美術の展覧会である。

美の饗演 関西コレクションズ


公式サイト : 美の饗演 関西コレクションズ
会期     : 2013.4.6.-7.15.
場所     : 国立国際美術館

  国立国際美術館 / 交通の便は最悪

国立・県立・市立の美術館と聞けばそれなりの作品があるのかと思いきや、総じて作品の質は低く思え、現代美術に疎いのだからかもしれないが、これといってピンと来るような作品はなかった。

でもそんなネガティブはやめにして、気に入った作品をいくつか。


(画像なし)

  フリオ・ゴンザレス / 箒を持つ婦人 1929年

ネットをくまなく探したが、この作品の画像は見当たらず。なので代わりに同じアーティストの有名らしい作品を掲載して雰囲気だけでも味わってほしい。(日本の美術館はおしなべてその所蔵作品をネット上で画像を公開していない。海外のそれと比べて、とてもだらしがないと思うのだが。)

 Julio González / Femme au miroir 1936-37年 ※参考画像

これは、スペインはヴァレンシアにあるヴァレンシア現代芸術院(Institut Valencià d'Art Modern)という美術館にある作品で、鉄を使ったオブジェクト(この作品は実物を見てみたいものだ)。miroirは「鏡」の意。

この「Femme au miroir」を参考に想像してほしいが、「箒を持つ婦人」もまた、鉄の特性をうまく利用した作品だった。

「婦人」の片腕が鉄の弓なり(わん曲)ひとつで示され、服の襞(ひだ)は硬質な鉄の鋭利で表現される。「箒」も(具体的にはもう忘れてしまったが)できるかぎり少ない鉄で構成された、緻密なのか大胆なのか、どちらとも云える表現方法だった。個人的に興味を覚える、今後も注目していきたいアーティストである(無論、物故済み)。

  アンリ・マティス / 鏡の前の青いドレス 1937年

絵自体にはあまり感心しないのだが、プレートに書かれてあった言葉に惹かれたので以下に引用する(若干語句の修正あり)。
マティスの内心には終生葛藤が巣食っていた。デッサンと色彩の分離と統合である。マティスは、自然がつねに線と色彩の融合として存在し、それを分離するのは知覚の作用だと知り抜いていた。
現象学があたりまえとなった20世紀にあっては、ごく常識的な考えである。この「知覚」を表現しえたことが偉大なのであろう。

  ジョルジョ・モランディ / 静物 1952年

今回の美術展でもっとも好かった作品がこの静物画。モランディという画家は初めて聞く名前だ。

精緻な静物画ではなく、かといって抽象画に陥ることない、いいバランスで描かれた作品であると思った。くすんだ感じがどこかシャルダンを思わせ、このような絵なら自宅の部屋に飾ってみたい。ちょうど谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」(中公文庫)を読んでいるからそう感じるのかもしれないが、ほどよい影、窓から流れてくる穏やかな日光の雰囲気が気分を楽にさせてくれるのである。

偶然とは恐ろしいもので、ネットで調べてみたら、この絵は2010年に国立新美術館で開かれた美術展でも展示されたという。その美術展のタイトルは「陰影礼賛」。こういうこともあるのだ。


いや、モランディ以上に引き込まれた絵があった。1963年生まれの現役画家ミヒャエル・ボレマンスのふたつの作品。


  ミヒャエル・ボレマンス / Automat (3) 2008年 木版

20センチ四方の小さな木版に描かれた人物画。人物画と云っていいのかわからないが、手を後ろにやった女性の後ろ姿が不思議な絵だ。あまりに小さいので、別の美術館にある(1)も掲載する。


  Michaël Borremans / Automat (1) 2008年 カンバス 
※参考画像


(1)と(3)の違いは木版とカンバスの差ぐらいで、ほとんど同じようなタッチで描かれている。そして、左右対称となっているのが面白い。画像も大きいから(1)のほうでよくわかると思うが、ボレマンスの絵は独特のつや感があって、それは絵具のつやというよりも明暗のつけ方が原因だろう。ベタ塗りで地味と云えば地味な絵なのに意外な高貴さが感じられるのがいい。

さらに、この大きな画像をみていま気づいたが、この絵の女性には「両足がない」のだ。少し浮かんでいるようにも見える。おそらく(3)もそうなのだろうが会場では気づかなかった。どんな意図が込められているのだろう? ちなみに、Automatは「自動販売機」のことである。

ボレマンスのもうひとつの作品。

  ミヒャエル・ボレマンス / The Trees 2008年

ごくふつうの絵である。20世紀の作品ばかりをみていると、「ふつう」がとても新鮮に感じられる。なぜこの作品が「The Trees」というのかは無論、知るところではない。

コレクション1

特別展「美の饗演」の上の階(B2)では所蔵作品を展示する「コレクション1」展が開催されていたので、特別展入場者は無料だからいつものようにざっと見て回る。

どうでもいいような作品ばかりだったが、ひとり、気になる画家がいた。

館勝生(たち・かつお:1964-2009)。

  館勝生 / December. 30. 2008 2008年

ポロックのパクリかと思えなくもないが、ポロックがそうであるように、ただ乱雑に絵具を投げつけている絵ではない。どこか(感覚的に)計算されているような印象を受ける。近くて見るとよくわかるのだが、絵具のハネが実にきれい。「具体」グループの頭の悪い絵とは根底的に違うのだ。

生没年からわかるように、彼は若くして亡くなった(ガンだという)。アトリエは豊中市にあったらしく、私の地元だったりする。そのことの影響は受けないが、彼の作品にはとりわけ興味を覚えた。

  館勝生 / the smoke of the incense 1998年

「incense」は「香り」。

勢いのなかにもしっかりと具象(形)がとらえられており、無意味を押し付ける画家の傲岸を軽蔑しているかのようである。もっともそれは瑣末なことで、なにより絵としての唯一性が感じられる。彼にしかできないそれというだけでなく、具体性というそれのことである。

館勝生の作品は、もう新しいものは生まれないが、これからも探していきたい。



冒頭に「ピンと来る作品はなかった」と書いてしまったが、こうしてあらためて振り返ってみると、いくつかの大きな収穫があったのかもしれない。

フリオ・ゴンザレス、モランディ、ボレマンス、館勝生の作品はとても優れていると感じられるし、4人の画家(アーティスト)の存在を知ることができただけでも(彼らの作品を間近で独占的に観ることができただけで)充分、行った甲斐はあったろう。

いまや、もう一度行ってみようという気にさえなっている。いや、行こう。





2012年12月25日火曜日

感情のルーベンス - リヒテンシュタイン展

12月某日

ルーベンスは有名なのだろうけど、ルーベンス展というものには行ったことはなく、いくつかの美術展で見かけても取り立てて印象に残ったことはない。

例えば、フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展でみた「竪琴を弾くダヴィデ王」も白髪に表れる素晴らしい表現力には感動したが、それがルーベンス個人の関心へとは向かなかったし、大エルミタージュ美術館展の「ローマの慈愛」はちょっと目を背けたくなる奇妙な場面が記憶に残って、その筆致の独特さには注意が向かなかった。

  ルーベンス / 竪琴を弾くダヴィデ王 1616年頃-1640年代後半 ※展示なし

  ルーベンス / ローマの慈愛 1612年頃 ※展示なし

だけど、マウリッツハイス美術館展に飾られていた「聖母被昇天」には単なる宗教画を超えた魅力が感じられて、画家本人の「思い」といったようなものをチラリとうかがい知ることができたように思った。

  ルーベンス / 聖母被昇天(下絵) 1622-25年頃 ※展示なし

そして、リヒテンシュタイン展のこのチラシ。

これまで見たルーベンスとは全く領域の違う、あまりにも人間的な(現実的な)人物がこちらに語りかけるように描かれている絵を目にして、なにか感覚を揺すぶられるような感じがした。こんなことは初めてあった。

  リヒテンシュタイン展チラシ / 開催前バージョン


(つづく)