2012年9月21日金曜日

バーン=ジョーンズに会いに行ったらヘイターと小磯良平に会ってしまったというお話-兵庫県立美術館

9月某日

バーン=ジョーンズ展を目当てに兵庫県立美術館へ。


暑い日だった。

阪急の王子公園駅から徒歩20分は、灼熱の暑さで絶望的な気分になった。でも、耐えた甲斐は十分にある苦難だったかもしれない。


兵庫県立美術館は初めてで、まず建物の巨大さに驚いたが、内部もなかなかすごい造りで重厚そのもの。美術館たるものこれぐらいでないと。


チケットを購入し展示室内へ向かう途中で現れたものすごい空間。コンクリートに囲まれた監獄のような吹き抜けは、まるで欧米の美術館のようだ。(あとで建築家が誰だかわかるのだが、このときはわかっていない。)

バーン=ジョーンズ展 -英国19世紀末に咲いた華-

   「バーン=ジョーンズ展」カタログ 2012年 2200円

神戸展 : バーン=ジョーンズ展 -英国19世紀末に咲いた華-
東京展 : バーン=ジョーンズ展 -装飾と象徴-

エドワード・バーン=ジョーンズ(1833-98年)はまったく知らない画家であったから、東京で開催されているときの好評を若干聞いていたとは云え、あのマンガのような、でもちょっと地味な絵の感じはあまり興味をそそられず、神戸に巡回するからといって行くつもりはなかったのだけれどなぜか急に足が動いて神戸まで行ったというほとんど無意識状態で、そういうわけでなんの先入観もなくバーン=ジョーンズの絵を眺めることができた。

19世紀末の象徴派とか耽美派という話を聞けば、ちょうど同じ頃活躍したオスカー・ワイルドとかビアズレーしか思い浮かばない。アルフォンス・ミュシャとも近いのだろうか。いや、装飾デザインを手がけたという点以外は違うのだろう。

絵画としてはどうなのだろう。このような大規模な個展を開くほど優れた画家なのだろうかと最初は疑問に思った。

   バーン=ジョーンズ / 鍛冶屋のクビド 1861年

たとえばこの絵をみたとき、描写の技術は下手にしか思えなかったし天使の羽をみると「またキリスト教か」とちょっとげんなりしてしまう。

   バーン=ジョーンズ / 慈悲深き騎士 1863年

これもまたキリスト。兄弟の仇に命乞いをされて苦悶の末見逃してやった騎士を祝福するキリストなのだが、その物語は美しくあっても、その美しさが結局キリスト教に還元されてしまうことに得心はいかない。祝福するのは(なぐさめるのは)恋人であっても母であっても友人であってもいいし、むしろその方が伝わるものがあるからだ。

絵自体もやはり上手いとは云えず、彼独特の味わいはあるかもしれないがそれを楽しめる人でないと絵が素晴らしいかどうかわかりにくい。

繰り返すが、バーン=ジョーンズに一切の前知識がない状態での感想である。絵画好きの人間でもあらかじめ知っていることがなければ、彼の絵を観て思うことと云えばその程度ではないか。(と云いつつ、じわじわとバーン=ジョーンズにはまってしまうのだが。)


(執筆中)


コレクション展Ⅱ 


   アルベルト・ジャコメッティ / 石碑Ⅰ 1958年

   S.W.ヘイター / ラオコーン 1943年

   小磯良平 / 斉唱 1941年

   小磯良平 / 洋裁する女達 1939年





(以下、続く)

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